日本語の漢字は… 専ら「スペース代わり」と「同音異義語」だけのため?
日本語で使われる漢字に対して…
「邪魔なお荷物」とか「なくすべき物」という意見が後を絶ちません。(特に英語圏など海外の掲示板で…)
「なんてわざわざと複雑で非効率的な漢字を使うの?」
「同音異義語を区別するために、やむを得ず使うんだよ」
「普通に空白(スペース)を使って分かち書きさえすれば、あえて漢字を使うまでもないのに…」
まったく、漢字の存在意義をあまりにも過小評価した、無理解な意見が多いです。
単に「同音異義語のため」、「スペース代わり」とだけ見ると、漢字の真価をまともに評価できるはずがありませんね。
同音異義語の区別、スペース代わり…などは、漢字の「その他の雑多な」機能でしか無い
そもそも同音異義語の区別、スペース代わり…などは「漢字の主な目的」ではありません。
もちろん発音の数が少ない日本語においては、同音異義語の区別もある程度必要です。
英語のように一々スペースを入れなくても良いという点も、なかなか良いです。
ですがこういうのは、決して漢字の主な機能ではありません。
あくまで「その他の雑多な」サブ機能に過ぎません。
分かち書きの代わり、同音異義語の区別、というのは。
漢字は変わらず使う価値がある。同音異義語でなくても、分かち書きが有っても
たとえば将来の日本語が今より発音が豊富になって、同音異義語が少なくなるとしたら、漢字を廃止すべきでしょうか?
日本語の文にも、英語のように分かち書きを導入するとしましょう。
単に「分かち書きの代わりでしかない漢字は」、役目を終えるのでしょうか?
同音異義語が多かろうが少なかろうが関係なく、
スペースが有ろうが無かろうが関係なく、
表語文字の漢字は、変わらず使いこなすべきでしょう。