- 漢字を創ったとされる「蒼頡」(伝説では)
- 実際に発見されたが最古の漢字が「甲骨文字」
- 占いで甲骨文字を使った殷王朝
- 実用文として甲骨文字を使いだしたのは周代から
「蒼頡」という人が漢字を創った、伝説によれば
古代の中国では「蒼頡(そうけつ)」という人物が初めて漢字を創ったとされています。
もちろん倉頡は伝説上の人物で、その実在については諸説あります。
それに、あの膨大な数の文字をたった一人の力だけで全て創り出すのは無理でしょう。
現在では、漢字の創造に蒼頡一人だけでなく、数多くの人々が関わっていたとするのが通説となっています。
実際に見つかった最古の漢字、甲骨文字
現存する殷代の甲骨文字 画像の引用元:Wikipedia (リンク先参照) |
一方、実際に発見された漢字の中で最古のものが、この「甲骨文字」です。
文字通り、甲骨字とは主に亀の甲羅に刻まれた文字です。
だだ甲羅だけでなく、動物の骨など他の材料も使われた例もありました。
甲骨文字を「占い」に使っていた殷
今まで見つかった甲骨文字の中で最も古いのは、およそ紀元前14世紀ごろの物です。
紀元前14世紀の当時は、殷(いん)の時代に当該します。
政治制度が未発達だった殷(BC17世紀 ~ BC1046年)の時代で作られた甲骨文は、全てが「占い」目的の物です。
当時は、宗教的な祭祀が極めて重要でした。
殷代には国の重要な政策を、甲骨文を用いた占いで決定していました。
占い以外の用途での甲骨文の活用は、周(BC1046年頃 ~ BC256年)の時代まで待たねばなりませんでした。
実用文としての甲骨文字は、周の時代から
殷が専ら占いとしてのみ甲骨文字を用いていました。
一方、周の時代からは実用目的として甲骨文を使い始めました。
記録、契約などの目的で刻まれた甲骨文は周代から出現したのです。
中には、(殷が完全に滅亡していなかった頃)殷の近くにある部族あてに、周が共闘を申し込む密書もありました。
今の漢字は、甲骨文字が起源
甲骨文字よりさらに古い文字は、未だに出土されていません。
(今のところは)我々が使っている漢字は、殷代の甲骨文字から始まったと見るべきでしょう。